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エッセンシャル・ファシリティ理論をめぐる議論状況
平成16年2月18日
弁護士 平井 信二

第1 前回発表(平成13年7月)の要旨

  1 エッセンシャル・ファシリティ理論

 一般に、事業活動を行うためには、その前提として、生産設備や流通ネットワーク など顧客へ商品・サービスを供給するための施設が必要となります。こうした施設のうち、それを利用できなければ事業活動が成立せず、かつ、市場内に重複的に存在させることが経済的又は技術的に不可能もしくは著しく不経済な施設を当該市場の「エッセンシャル・ファシリティ」といいます。
 具体例としては、電気通信事業における加入者回線網や電気・ガス事業における送電線網・導管網などのネットワークがあります。
 こうしたエッセンシャル・ファシリティは、これまで特定の事業者によって一元的に創設・管理することが望ましいとされ、結果的に公的事業形態や参入規制に基づく独占的事業形態で確立されてきました。
 かかるエッセンシャル・ファシリティが存在する分野に他の事業者が参入する   ためには、巨額な投資を必要とするなど参入障壁が高いことから、既存事業者のエッセンシャル・ファシリティを借り受けざるを得ないこととなる一方、新規参入者が交渉する相手が独占的事業者である場合には交渉力の点で極めて弱い立場となります。
 このように既存事業者が保有するエッセンシャル・ファシリティへの他事業者からのアクセスが認められなければ競争の導入が有効かつ適切に進まない場合に、エッセンシャル・ファシリティへのアクセスを正当な理由なく拒絶した場合には、健全な競争の確立の点から独占禁止法によりこれを規制すべきといえます。


2 NTT東日本私的独占警告事件
 平成12年12月、NTT東日本が、DSL(デジタル加入者線)サービスの試験提供にあたり、サービスに不可欠な加入者回線網をDSL事業に参入しようとする事業者に提供する上で、当該回線の利用に関し不当に制約を課していたことが、独占禁止法3条(私的独占)に該当するおそれがあるとして、公正取引委員会から警告を受けました。
 この事件は、加入者回線網が上記でいうところのエッセンシャル・ファシリティに該当するかどうか直接的に言及されていませんが、念頭に置かれていたものと評価されています(公正取引委員会事務総局官房国際課笠原慎吾「エッセンシャル・ファシリティへのアクセス拒絶行為に係る独占禁止法上の考え方」公正取引608号)。


第2 その後の議論状況

  1 「電気通信事業分野における競争の促進に関する指針」の発表
   
(平成13年11月30日公正取引委員会・総務省)

 
目次

 T 電気通信事業分野における競争の促進に関する指針の必要性と構成
第1 指針の必要性
   「高度情報通信ネットワーク社会形成基本法(平成12年法律第144号。平成13年1月6日施行。いわゆる「IT基本法」。)において、『広く国民が低廉な料金で利用することができる世界最高水準の高度情報通信ネットワークの形成を促進するため、事業者間の公正な競争の促進その他の必要な措置が講じられなければならない』(第17条)こととされているなど、電気通信事業分野における公正な競争を促進していくことが、政府全体としての重要な政策課題の一つとなっている。」
 「電気通信事業分野においては、@不可欠性及び非代替性を有するため他の事業者がそれに依存せざるを得ないいわゆるボトルネック設備の設置、市場シェアの大きさ等に起因して市場支配力を有する事業者が存在するために十分な競争が進みにくいこと、Aいわゆるネットワーク産業であり、競争相手の事業者と接続することにより利用者の効用が大きく増加するとともに、逆に接続しなければ事業者はサービスの提供が困難であるため、他事業者への依存を余儀なくされること、B市場の変化や技術革新の速度が大変速いことといった事情がある。
このような電気通信事業分野の特殊性や同分野が独占から競争への過渡的状況にあることを前提にすれば、電気通信事業分野における公正な競争をより積極的に推進していくためには、規制緩和の推進と競争の一般的ルールである独占禁止法による競争制限行為の排除に加えて、電気通信事業法(昭和59年法律第86号)において、公共性・利用者利益の確保の観点から必要な規制を課すとともに、公正競争促進のための措置を講じていくことが必要である。」
第2 指針の構成と基本的考え方

 U 独占禁止法上又は電気通信事業法上問題となる行為
第1 電気通信設備の接続及び共用に関連する分野
 
独占禁止法における考え方
   (1)電気通信役務を提供するに当たっては必要不可欠であるが、投資等を行うことにより同種の設備を新たに構築することが現実的に困難と認められる設備(以下「不可欠設備」という。)(注1)がある。〜(注1)例えば、市場において相対的に高いシェアを有する電気通信事業者が保有する固定系の加入者回線網がこれに当たる。〜

 (2)このような状況の下、例えば、不可欠設備を有する電気事業者が、他の電気通信事業者に対し、その保有する加入者回線網の接続(注3)やコロケーション(注4)の取引を拒絶し、又はそれらの取引の条件若しくは実施について自己又は自己の関係事業者(注5)に比べて不利な取り扱いをすることは、他の電気通信事業者等の新規参入を阻害し、円滑な事業活動を困難にさせるもの(注6)であり、これにより市場における競争が実質的に制限される場合には、私的独占に該当し、独占禁止法第3条の規定に違反することとなる。市場における競争が実質的に制限されるまでには至らない場合であっても、上記のような行為により、公正な競争を阻害するおそれがある場合には不公正な取引方法に該当し、独占禁止法第19条の規定に違反することとなる(注7)。〜
電気通信事業法における接続制度等の趣旨と概要
独占禁止法上又は電気通信事業法上問題となる行為
第2 電柱・管路等の貸与に関連する分野
第3 電気通信役務の提供に関連する分野
第4 コンテンツの提供に関連する分野
第5 電気通信設備の製造・販売に関連する分野

 V 競争を一層促進する観点から事業者が採ることが望ましい行為

 W 報告・相談、意見申出等への対応体制


平成13年11月30日日本経済新聞夕刊記事
   
「ヤフーのADSL接続工事『NTTは契約を守って』親会社のソフトバンク総務省などに指導要請」

平成13年12月26日日本経済新聞朝刊記事
   
「ADSL事業NTT東西に警告」「公取委『不公正取引のおそれ』」
白石忠志(東京大学大学院法学政治学研究科助教授)
「不当な取引拒絶・不当な差別 取扱い」
日本経済法学会編『経済法講座第3巻・独占禁止法の理論と展開〔2〕』(平成14年10月)
   エッセンシャル・ファシリティ理論について、「この種の考え方は、日本においても、最近になって初めて観察されるようになったわけではない。単にEF理論という印象的なネーミングがされていなかっただけである」とし、同理論が最近脚光を浴び始めた原因として以下のように述べています。
  すなわち、「従来、経済に大きな影響を与える独占があれば、それについては事業法事業法規制が用意され、専門の監督官庁が割り振られた。代表例は電話や電力である。そこで独禁法は、単独の独占者の事件ではなく、多くの者が手を携えることによるバーチャル独占(つまり価格協定や再販など)に重点を置くことができた。正真正銘の独占に対する規制という難しい問題は、他の法令が引き受けてくれたため、独禁法の重要問題とされることが少なかった」としたうえ、インターネットの出現は、「甚大な影響を及ぼしかねない喫緊の政策課題として、独禁法ないし競争政策に対して突きつけた」としています。

cf.電気通信事業法第38条の電気通信設備との接続義務規定参照
平成15年7月22日日本経済新聞朝刊記事
「公取委、NTT東に立ち入り」
「背景にADSL競争?」
「工事巡りソフトバンクと係争業界内に関連指摘の声」

平成15年10月7日同朝刊記事
「電力・通信などの参入妨害」「排除命令迅速に」「独禁法改正案具体例を明記」
平成15年10月28日公表の独占禁止法研究会報告書での言及
  〜公正取引委員会経済取引局経済調査課企画官田辺治「独占禁止法研究会報告書の概要(独占・寡占規制見直し関係)」公正取引第637号(平成15年11月)。
なお、同号では、欧州におけるエッセンシャル・ファリティ理論とその運用が紹介されている。
 
(1)  独占禁止法研究会の独占・寡占規制見直し検討部会において、平成15年6月25日から同年10月7日まで検討。
 独占・寡占規制の在り方として、特に規制緩和による新規参入を実行あるも のとするためには、新規参入者に対する参入阻止行為を迅速に排除しなければならない。このため、不可欠施設等を専有する市場支配的事業者の一定の参入阻止行為は、正当な理由がない限りこれを違法とし、必要な措置が講じられるような制度を設けるべきというもの。
 現行の独禁法の各規定との関係については、以下のとおり述べている。
 すなわち、@私的独占(3条)との関係では、私的独占に該当するかどうかについて、競争に与える影響をどこまで認定する必要があるのか、すなわち競争の実質的制限というのはどこまでの立証を必要とするのか、ということについて議論があるところ、不可欠施設等を専有する市場支配的事業者の特定の参入阻止行為については、その市場の特殊性にかんがみれば、競争を実質的に制限する蓋然性が高いと考えられることから、通常の市場での私的独占行為とは別に、こうした特別の市場に限定して、正当な理由がない限り、競争者に対して不利益を及ぼすような参入阻止行為を違法とし、必要な措置を講じることができることを可能とする規定を設けることには意義があるとした。
 また、不公正な取引方法に関しても、行為の「不当」性、すなわち公正な競争を阻害するおそれが違法要件とされているところ、競争を実質的に制限する蓋然性の高いこうした行為に限定して、正当な理由がない限り、競争者に対して不利益を及ぼすような参入阻止行為を違法とし、必要な措置を講じることができることを可能とする規定を設けることには意義があるとした。
(2)  上記論文では、「迅速対応を行うために従前警告(行政指導)で対応していたものについて、法的措置を採ることが可能になるという点で、公正取引委員会の法執行が一歩でも前進することが期待されるものである」とし、「公正取引委員会としては、今回の報告書による提言を受け、今後各層からの意見を聞いた上で、必要な制度改正を進めていくこととしている。」と結んでいる。
平成15年12月5日同朝刊記事
  「公取委NTT東に排除勧告」「光ファイバーネット接続『新規参入を妨害』」
「公取委『独占的設備』解放迫る」「NTT東に排除勧告独禁法改正にらむ」「N   
TT東、勧告拒否も」

平成16年1月19日公正取引委員会
「東日本電信電話株式会社に対する審判開始決定について」

平成16年2月1日NBL第778号
村上政博「平成16年独占禁止法改正をめぐる論点―措置体系と不可欠施設」
規制産業分野での新規参入阻止行為については従来の規定で対応できるとして、特別な規定まで必要とすることについて疑義を表明している。

平成16年2月3日朝刊記事
「独禁法改正」「規制強化政官民が警戒」「公取委 今国会提出、調整は難航」

平成16年2月15日ジュリスト第1262号
三輪芳朗・J.マーク.ラムザイヤー「競争政策の望ましい姿と役割(下)」
独占禁止法研究会報告書への反論


以 上



エッセンシャル・ファシリティ理論をめぐる議論状況〜追補
平成16年3月23日
弁護士 平井 信二

第1 平成16年1月13日アメリカ合衆国最高裁判所判決「ベライゾン対トリンコ」事件

参考文献  
@ 松下満雄「『不可欠施設』(essentiai facilities)に関する米最高裁判決」国際商事法務 Vol.32−2
A ジョン・ドゥ「エッセンシャル・ファシリティの死〔上〕〔下〕」国際商事法務 Vol.32−2,3

  1 事実関係

ベライゾン社: ニューヨーク市において電話事業を営む地域電気通信会社
トリンコ法律事務所: ベライゾン社の競争相手であるAT&T社の顧客
前提事実: @1996年電気通信法上、電気通信会社は競争者に対し自らの電話網への接続義務がある。

Aベライゾン社は満足すべき条件で接続義務を果たしていないとの同社 の競争者である電気通信会社の申立てにより、ニューヨーク州公益事業委員会と連邦通信委員会が並行して調査した結果、ベライゾン社の接続内容には法令違反があるとして改善命令が出されている。ベライゾン社は、州公益事業委員会の決定により競争者に対して1000万ドルの金員を支払い、連邦通信委員会との関係では連邦政府に対して一定の金員を支払うこととなった。
請求内容: ベライゾン社は競争者である他の電機通信会社の通信を接続する場合、自己の通信の接続よりも後回しにして遅延させるなどにより差別的取扱いをし、これによってAT&T社等の競争者の顧客がその競争者から離れるよう誘引したものであり、これはシャーマン法2条にいう私的独占に該当するとして、自己及び同じ原因で損害を受けたものを代表して、損害賠償を請求。

  2 訴訟経過及び最高裁判決
連邦地裁請求棄却。連邦控訴裁はシャーマン法2条による請求原因とならないという地裁の判断を覆した。
最高裁は裁量上告を認めたうえ、控訴審判決を覆し、差し戻し。

  3 最高裁判決の抜粋
 シャーマン法第2条で違法となるのは、〜「優れた製品や商才または歴史的な偶 然の結果としての成長または発展した」ような場合を除く、故意による独占力の獲得や維持である。独占力の単なる占有、および、それに伴う独占価格の請求は違法でないばかりか、自由市場システムにおいて重要な要素でもある。短期的であったとしても、独占価格を設定できる機会のあることこそが、商才を最初に誘引するものであり、だからこそ、イノベーションと経済的成長を生むリスク・テイキングを引き出すのだ。このイノベーションへのインセンティブを保護するために、独占力の占有それ自体は、反競争的な行為の要素が付帯しない限り、違法と認定されてはならないのである。(斜体部分の強調は原文。)
  企業は、客への役務提供上ユニークな位置に自らを置くことのできるインフラ(すなわちエッセンシャル・ファシリティ)を構築することで独占力を獲得できる。仮にそのような企業の有利性の源泉(すなわちエッセンシャル・ファシリティ)をライバルに解放させるように強要すれば、独占禁止法の真の目的に反することとなる。なぜなら、かかる強要は、社会に有益なインフラへの投資インセンティブを、解放を強いられる企業から奪い、ライバル企業からも奪い、または、双方から奪うことになるからである。さらに、独禁法を用いて解放を強いれば、裁判所が自ら政策を企画立案し、かつ、適正な価格、量、およびその他の条件を特定しなければならなくなり、本来適役ではない役割を担わさせられることとなる。競争者同士の交渉を強いることは、独禁法において最高の悪とみなしてきた談合を促進することにもなりかねない。従って、原則として、シャーマン法は、私企業たる事業者や製造業者が誰と取引をするかについて、自らの独立した裁量権を自由に行使することを制限しないのである。
 本件事実からは、それが反競争的な意図から出た拒絶なのか逆に競争的な熱意から出たものなのかが(推)認できない。〜したがって当裁判所は、ベライゾン社がライバル社へ役務提供を怠ったことだけでは合衆国最高裁判所の取引拒絶先例の下で独禁法上の有効なクレームを構成しているとは認定できない。
この結論は、もしいくつかの下級審裁判所が作り出した「エッセンシャル・ファシリティ」法理をたとえ確立されたものだと仮定し、かつ、それに基づいて控訴審が原告の主張を有効なクレームであると認定したと仮定しても、変わるものではない。当裁判所はかかる(すなわちエッセンシャル・ファシリティの)法理を認定したことはいまだかつて一度もないし、本件において(も)その法理を認定する必要性はないしこれを否定する必要性(すら)ない。本件(を決する上で)の目的上は、その法理を援用するたするために不可欠な要件が「エッセンシャル・ファシリティ」へのアクセスが利用不可能な点にあることを指摘すれば十分である。したがって、AREEDA&HOBENKAMPによる独禁法の基本書が指摘するように、「州または連邦機関が解放を強制する効果的な権限を有し、かつ、その範囲と条件を規制する権限も有している場合には…エッセンシャル・ファシリティのクレームが否認されるべきである」といわれているのである。原告は1996年電気通信法が自らのクレームを肯定してくれると主張するけれども、当裁判所は逆に解釈する。すなわち、1996年電気通信法によるアクセスに関する広範囲な規制があるからこそ、司法府による(独禁)法上のアクセスの強制を不必要にしていると解するのである。原告による「エッセンシャル・ファシリティ」の主張が一般的なシャーマン法第2条の主張とは異なるものであれば当裁判所はそのような主張を退ける。
 ライバルを支援する義務はないという原則に対する数少ない例外に当事件も加えることは、伝統的な独禁法の諸原則に反すると当裁判所は信じる。〜本件でも、(事業法上の)規制当局(FCC等)に対してOSS役務提供を怠っているという1996年電気通信法上のクレームに対して規制当局が素早く対応していたことから、(事業法上の)規制の体制が非常にうまく機能していることが示されている。〜
 1996年電気通信法違反は司法府によるコントロールの現実的な能力の範疇を超えている。(事業法の)開放義務規制違反への救済を効果的に執行するためには、高度に詳細な命令内容を継続して監督する必要が生じる。その問題をアリーダ教授が、以下のように真に正しく指摘している。「規制当局による日常の監督的性格を有する役割を、アクセスを強制する命令を下すことにより裁判所が引き受けることになるような問題は、独禁法による救済には適さないとすべきである」と。〜
 1996年電気通信法は独禁法よりも意欲的な法律である。両方の目的を合成することは重大な誤りとなる。シャーマン法は確かに自由な企業活動のマグナ・カルタであるが、しかし、他のアプローチがもっと大きな競争を生んでくれる場合には常に判事が独占社に対してビジネスの方法を変えよと命じるような「白紙委任状」までをシャーマン法が判事に付与するものではないのである。

第2 法案提出の先送り

平成16年3月5日日本経済新聞朝刊記事
「公益企業の参入妨害防止 新規制先送りへ」

平成16年3月8日同朝刊記事
「独禁法改正の最終案『参入妨害』先送り」


以 上



 

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